先日、茶通で開催された鴛鴦茶会にて、華麗かつダイナミックな茶藝を披露して下さった、茶藝師・乙骨正弘さんにお話を伺いました。
一見すると癒し系日本の好青年・・・な、乙骨さんですが、実は、本場台湾・高雄の藝獎大会でチャンピオンになり、日本の茶藝界で若きプリンスと言われるお方なのです!
始めたきっかけは?乙骨さんの茶芸のポリシーって??
などなど・・・田島店長が素朴な疑問をぶつけてみました。
乙骨 正弘(おっこつ まさひろ)
2005年中華茶藝獎第八回高雄地区大会」で優勝。
その後台南で開催された全国泡茶決勝大会でも礼儀作法部門特別賞受賞する。
現在台湾高雄を中心に茶藝師として活躍中の若き茶人。
台湾茶専門雑誌「茶撰」での執筆活動も行う。
2005年中華茶藝獎第八回高雄地区大会」で優勝。
その後台南で開催された全国泡茶決勝大会でも礼儀作法部門特別賞受賞する。
現在台湾高雄を中心に茶藝師として活躍中の若き茶人。
台湾茶専門雑誌「茶撰」での執筆活動も行う。
えーっとですね、始めたきっかけというのは台湾で高山烏龍茶を、銘柄さえ覚えていないんですが、飲みまして、友達と飲む機会があったもんですから、普段日本の緑茶、煎茶しか飲んでいなかった人間として、こんなお茶があるのかと!
ましてや僕は日本でペットボトルの烏龍茶を飲まない人間だったので、まぁほんとにこの烏龍茶というものの奥深さみたいな部分に若干触れたことがやっぱりきっかけですね。
(茶芸を)習い始めるにあたって、もともと台湾で交換留学という形で語学をしていたんですが、「台湾の文化」といった側面からもお茶を習おうと考えたんですね。
ましてや僕は日本でペットボトルの烏龍茶を飲まない人間だったので、まぁほんとにこの烏龍茶というものの奥深さみたいな部分に若干触れたことがやっぱりきっかけですね。
(茶芸を)習い始めるにあたって、もともと台湾で交換留学という形で語学をしていたんですが、「台湾の文化」といった側面からもお茶を習おうと考えたんですね。
前回の茶会ではテーブルで入れさせて頂いたんですけれども
普段は、席地(shidi)といって床に茶器をならべて、お客様と淹れ手の僕が一体になって、地面に座りながら一緒にお茶を飲んで頂くという形なんです。
そいうかたちというのは、まぁ、無我茶会なんかは床に座って淹れるような形もあるんですけれども・・・

『無我茶会』とは、台北の陸羽茶芸が主催して行われている茶会で、公園などの 広い屋外で、淹れ手が床や地面に直接座ってやるお茶会です。
私の先生=師が、日本人が台湾でやるということに当たって、
「だったら敢えて日本が中国からお茶を伝わって学んだ際に、みんなこう床に座りながらお茶を飲み会話をしたことに習って、床で入れるような形にしよう」と。
ということで、他の方がやっぱりテーブルで入れることがおおいので、あえて差異を明確にするために私は『雲水流』という流派を名乗っております。
ただ「無我茶会」は、ほんとに形式張らずにお茶を楽しもうというスタイルで、 お湯も水筒等で準備されているのですが、僕はイベントでお湯の準備を手伝ってくだ さる方もいるので、お湯の温度、茶葉の量に気を使った上で、おいしいお茶を飲んで いただくよう心がけています。
そいうかたちというのは、まぁ、無我茶会なんかは床に座って淹れるような形もあるんですけれども・・・

『無我茶会』とは、台北の陸羽茶芸が主催して行われている茶会で、公園などの 広い屋外で、淹れ手が床や地面に直接座ってやるお茶会です。
私の先生=師が、日本人が台湾でやるということに当たって、
「だったら敢えて日本が中国からお茶を伝わって学んだ際に、みんなこう床に座りながらお茶を飲み会話をしたことに習って、床で入れるような形にしよう」と。
ということで、他の方がやっぱりテーブルで入れることがおおいので、あえて差異を明確にするために私は『雲水流』という流派を名乗っております。
ただ「無我茶会」は、ほんとに形式張らずにお茶を楽しもうというスタイルで、 お湯も水筒等で準備されているのですが、僕はイベントでお湯の準備を手伝ってくだ さる方もいるので、お湯の温度、茶葉の量に気を使った上で、おいしいお茶を飲んで いただくよう心がけています。
台湾でお茶をやっていく中で、お茶農家の方に出会うこともやっぱり多いんですね。
お茶の茶産地で、手摘みしているのは大体その周辺に住んでらっしゃる奥様方というか、まぁ女性なんですね。
僕が以前凍頂に行った時に、茶摘みの途中で、急に霧がたちこめて、雨になったんですよ。品質も悪くなるし、茶摘みは中止になったんですが、そうなったときに、みんな一斉に下りてきてですね、もう、今にも壊れそうなトラックに押し込められるように入って、もうドロンドロンの道で、トラックがいつ崖から落ちてもおかしくないような状況で、下りていくのを見たりたことがありました。
お茶の現場監督のような方に話を聞くと、「ああいうトラックが崖から落っこちてね、茶摘みの人が亡くなることもある」と・・・。
二次芸術なので、そういった作られてる方の気持ちや苦労って言う部分を踏まえて、その上ではじめて愉しめるお茶だっていうことを表したい。
淹れている際にはあんまり喋らないんですけど、集中していかにそういう部分を壊さないでお茶を提供できるかっていうことは、表現する中で考えて主点に置いている部分です。
「茶葉を大事にする」ということを念頭に置いてお茶を入れています。
僕が以前凍頂に行った時に、茶摘みの途中で、急に霧がたちこめて、雨になったんですよ。品質も悪くなるし、茶摘みは中止になったんですが、そうなったときに、みんな一斉に下りてきてですね、もう、今にも壊れそうなトラックに押し込められるように入って、もうドロンドロンの道で、トラックがいつ崖から落ちてもおかしくないような状況で、下りていくのを見たりたことがありました。
お茶の現場監督のような方に話を聞くと、「ああいうトラックが崖から落っこちてね、茶摘みの人が亡くなることもある」と・・・。
そういう苦労の部分や、製茶されてる茶師さんが暑い中、額に汗しながらやってらっしゃるのを見ると、
僕らが茶芸師という立場でお茶に携わっていく際に、そういう人達の苦労の上に成り立つ茶芸というのは二次的芸術だと思うんですよね。
僕らが茶芸師という立場でお茶に携わっていく際に、そういう人達の苦労の上に成り立つ茶芸というのは二次的芸術だと思うんですよね。
二次芸術なので、そういった作られてる方の気持ちや苦労って言う部分を踏まえて、その上ではじめて愉しめるお茶だっていうことを表したい。
淹れている際にはあんまり喋らないんですけど、集中していかにそういう部分を壊さないでお茶を提供できるかっていうことは、表現する中で考えて主点に置いている部分です。
「茶葉を大事にする」ということを念頭に置いてお茶を入れています。

